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丹羽順子(にわ・じゅんこ)のホームページにようこそ!このサイトでは、環境問題やサスティナブルな暮らし方について、ブログ形式にて思いつくまま書いています。世界中の旅の記録や、映像作品もご覧頂けます。お気軽にコメント、メールお待ちしております。  koko@junkoniwa.net

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August 26, 2008

創造性あふれるコミュニティーの力

よく”Think Globally, Act Locally”(世界規模で考え、地域で行動しよう)と言うけれど、最近「地域力(コミュニティーの力)」というものに、はまっている私。最近はめっきり環境意識も高くなってきていて「意識を高める時代」から、一人一人が何をできるの?という「行動の時代」に移って来ていると常々思う。そうすると、やはり見直されるのが「自分が住んでいる地域で何をするのか」ということにかかっている気がする。

「地域力」を考える事になったのは色々なことが関係しているのだけれど、まずは最近、我が家でにわかに盛り上がっている「エコ・ゲストハウス計画」について。鎌倉で借りている家の隣にある古民家が最近空き家になって、大家さんが「丹羽さんの所でなんか面白くプロデュースして」と期待して下さったこともあり、「鎌倉という観光地の場所を生かして、日本の伝統文化を伝えて行く宿泊施設が出来ないか?」とビジネス・アイデアがうかんだ。ソーラーパネルを設置したり、トイレに雨水を利用したり、薪ストーブを導入したり、未来型エコハウスのモデルルームも兼ねて経営しよう!地元の方々に協力してもらって、地の食材を生かした料理を出したり、地元の自然を満喫するワークショップを開催しよう!グリーン・ツーリズムのモデルケースとして市にも協力を要請していこう!なんて夜な夜なパートナーのイエロー君と盛り上がっている。何しろこのご時世、ありきたりの事をしていたらつまらないし、私たち自身新しいビジネス・アイデアを具現化することに挑戦したかったりもする。Think Differently, Think outside of the box!

ただこの計画、動き出して見ると、ネックになるのが「鎌倉市の条例」だということが分かった。色々細かく決まっているのだけれど、簡単に言うと「住宅地では宿泊施設をしてはいけません」ということ。風気上の配慮とか色々あるのだとは思うけれど、例えば「宿泊施設をやる場合には、受付を設置する必要がある。机の大きさはこれぐらい」とか、かなり細かな規定が目白押し。「そんなこと放っておいてくれ!なんでもっと自由に出来ないの?」と思わせるようなものばかり。自由でクリエイティブなことを地域で実践していくためには、こういう条例から変えて行かないとならないんだなぁ…と思ってしまう。

同じような事が、娘が通っている保育園でもある。「ぴよぴよ保育園」という、自然育児で全国的にも有名な保育園で、給食もなるべく自然の食材を利用していたり、一般的に行なわれている管理保育・効率的な保育とは真逆の愛のある保育を実践している園なのだが、現在は無認可経営(市から公に認められていない)。現在、父母が団結して、認可をしてもらうよう活動しているのだけれど(認可がおりると、補助金が出るので)、なかなか前に進まない状況。それも「こういう建物じゃないとならない(安全上の理由なのだろうけれど)」とか細かな規定が多くて、なかなかこちら側の意見と噛み合ない。ぴよぴよ保育園のような保育方針って、全国的にも見直されるべきものなのに、議論の出発点がまるで違う。政策やそれを決めている価値観を考え直す、まず考え方の大前提を地域で再編集するという作業が求められていると思う。

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そんな折り、素晴らしいニュースを1つ!先週の土曜日に、川崎市国際交流センターで「市民共同お日さま発電所」の点灯式があった。これは100人余りの市民がお金を出し合って太陽光パネルを設置し、自然エネルギーを作ってしまう、という何ともデモクラティックな仕組みで完成したもの。写真の屋根の所に取り付けられたパネルが見えますでしょうか?仕掛人は、写真のお二人、岩本さん(左)と飯田さん(右)など市民の方々。10年以上に渡って準備をされてきたというのだから、頭が下がる。ちなみに飯田さんとは、前住んでいた登戸という場所で生ゴミ堆肥化プロジェクトをしていた時にご一緒させて頂いた。だから今回は二倍に嬉しい!(会場では、mimizu houseという地元野菜を売ったり地域の活動拠点になる店を始めたタケちゃんに遭遇!彼が持続可能な地域の取り組みで注目されている埼玉県小川町の取り組みについて教えてくれた。)

話を戻すと、この「市民出資」という考え方は新しいものではなくって、かれこれ二十数年の歴史がある。最初にはじまったのは、デンマークの風力共同組合(1986)。現在ではヨーロッパ全土に「地域エネルギー研究所」なる地域のエネルギー事情を変えて行く核が400もある。日本も環境エネルギー政策研究所などが中心になってこの仕組みを伝え、2001年に日本初の市民風車が北海道浜頓別に完成。長野県飯田市では地域の至るところに太陽光パネルが設置され始めている。省エネ!原発反対!と叫ぶのではなくて、自分たちが当事者意識を持ち、お金を出し合ってエネルギー供給源をクリーンしちゃうなんていう突飛なアイデア、素敵すぎません?!

しかし、まだまだ日本では始まったばかりのこの市民出資という方法論。日本やイギリスではなかなか自然エネルギーが普及しない(目標値だけみても、ドイツは2030年までに45%、なのに日本は2014年までに1.63%と限りなく低い)のは「地域や制度に支えがないからだ」、とは環境エネルギー政策研究所の飯田哲也さん。川崎市の例に見るように、もっともっと地域の人たちがつながり合って力を合わせて、既にある先進的な事例から学び、今までにない方法論を試して行く時に来ているとつくづく思います。

そして最近読み始めた本、「クリエイティブ資本論 ー新たな経済階級の台頭」(The Rise of the Creative Class)。かなり読み応えのある本で読破するのに時間がかかりそうなのですが、なかなか面白くて、おすすめーというか私の今の興味にドンピシャリ。序文より引用します。

多くの先進国では、クリエイティブ・クラスと呼ばれる全く新しいタイプの労働者が総労働人口の3割を占める、クリエイティブ経済の段階に入っている。クリエイティブ・クラスとは、新しいアイデアや技術、コンテンツの創造によって、経済を成長させる機能を担う知識労働者層を指し、その所得水準も高い。クリエイティブ・クラスは、自分の能力を生かせる、または暮らしたい環境がある場所を選び移動していくため、クリエイティブ・クラスが集まる地域とそうでない地域の間では経済成長の格差が拡大しているのが現実だ。(中略)いま起きている変化はさらに大きな変化に発展する可能性がある。というのも、以前の変化は物理的に投入するものを土地・人員から原材料・労働力へと置き換えるものであったが、今度の変化は人の知性、クリエイティビティといった無限の資源に基づいているからである。(中略)私はしばしば地域の問題の解決策を尋ねられるが、特効薬は存在しない。クリエイティブな生態系づくりは有機的なプロセスであり、地域はそれぞれ成長するための独自の強みを持っている。万能な戦略などというものはなく、それぞれの地域が本書で展開した考えや理論を用いて、最も「適合」する戦略をつくり出さなければならないのである。クリエイティブな生態系の成長に結びつく政策もあれば、押しつぶしてしまう政策もあろうが、そうしたことは上から計画されるようなものではない。重要なのは、解決策はそれぞれの地域のなかにあるということだ。住民の知識、知性、クリエイティブな能力にかかっているのである。

著者は、成長に必要なのは3つのTーTechnology(技術)、Talent(才能、クリエイティビティ)、Tolerance(寛容性)としているのだけれど、面白いことに、アメリカで調査をしたところゲイの多く住んでいる街ほど、経済成長率が高かったそう。色々な考え方の人や物事の方法論を受け入れる土壌があることこそが、その地域の活性化につながるということを証明しています。逆にクリエイティブなエネルギーを抑圧してしまうような社会的な統制や上意下達的な権力構造(「鎌倉市の宿泊施設をやってはいけない」という条例のようにね!)は、排除する必要があるとも言っています。(大家さんには「市議会議員になるしかないね」と言われた…)

そんなこんなで今回も支離滅裂気味になりましたが、鎌倉ってポテンシャル高いよなぁ〜、ここから何かが変わらなければどこから変わるんだー!と思ったりしています。どこに住んでいようとどこで働いていようと、自分の住んでいる「地域」を見直して「クリエイティブ」に捉え直し作り直すことが、今一番求められているし面白いことの一つだし、私たちを取り巻く様々な問題を具体的に解決する第一歩につながるんじゃないかと思うのです。

クリエイティブ資本論―新たな経済階級の台頭
クリエイティブ資本論―新たな経済階級の台頭 井口 典夫

おすすめ平均
stars新しい都市経済学の原論となるべく書
starsクリエイティブな都市が反映する時代
stars問題意識を持つ方へ
stars豊富なエピソード・事例・データが説得力を与えている
stars訳がだめで、原典から相当削られている

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おまけ:自然エネルギーつながりで!
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港区エコプラザのノリくんから、素敵なお誕生日プレゼントを頂きました。その名もプレゼント・ツリー。誕生日を記念して、新潟県佐渡島に一本の千年松が植えられるんだって。大好きな佐渡に…嬉しいなぁ〜。ノリ君、ありがとう!皆さんもどなたかのお祝いに、このサービス使ってみてはいかがでしょうか?

私の生活, サステナビリティー | コメント (7)   

August 17, 2008

フリー・チベットと中国について思う事

今日はめっきり秋の気配が漂う鎌倉。昨日までの暑さがウソのようで、満月が見れないのは残念だけど、空気が落ち着いて、思考も今までの夏の盛り上がりとは違う回路に入って動き出す感じ。「夏も良いけど、秋もいいね〜」と一日中、うっとりしていました。フジロック&温泉旅行から帰って来てからは、毎日のように友達がやってきて、民宿テラを拠点に夏の海を満喫しています。今年は夏野菜と果物を存分に楽しみ、そのおかげで夏バテ知らずで、テラも裸ん坊で走り回っています。私は一つ歳をとり、サーフィンを始め、この上なく真っ黒に日焼けしました。日本の美しい自然、そして心平穏にこうしていられることに感謝です。

****

今日は「フリー・チベット」のことについて書きたいと思う。今年3月にチベット自治区でおきた中国への抗議活動の後、日本でも「フリー・チベット」の動きが盛り上がったし、近しい友達が何人も声高に叫んでいたのだけれど、一緒になってデモに参加する気にはなれなかった。もちろん中国共産党がいまだにおこなっている人権侵害に腹立たしさを感じ、苦しめられているチベット人に対して祈りを捧げたりした。一人一人の声は小さくてもそれが集まれば日本政府に対しての圧力にもなるし、それが中国政府の体質を変えることにつながることも分かっている。

なのに「フリー・チベット」の動きに乗れなかった理由はいくつかあって、一つにはこの問題に対して、そこまで詳しく知らなかったというのはあるのだけれど、それから「デモ」という何かに反対するというネガティブな行動より、行動するんだったらもっと建設的なことをしたいと思ったということもある。それから個人的に私には心を許している中国人の友達が3人いて、みんなロンドンで一緒に環境学を勉強した仲間なのだけれど、それぞれ志を強く持ち、持続可能で平和な中国に向けて活動している人たちで信頼しているので、頭ごなしに「中国出て行け!」とは叫べなかった。この友達3人(ビル、シューフェー、スンウェイー)は中国の知識人でまともな考えの持ち主だと思っているので、今回のことについてもメールで問い合わせてみた。するとこんな意見が…

・チベットは中国の一部であることは動かしがたい現実。歴史的にも、中国はチベットに対して柔和な政策をとっているのは明らか。
・チベットの生活水準はあがっている。人権問題も少しずつ改善されている。学校ではチベット語も教えられ、西欧で見られるような同化政策は一切ない。
・北京オリンピックを潰すためにこの話題を持ち出すのは筋違い!一部の人たちの暴動に気をとられる事なく、オリンピックを楽しみましょう!(中国人は北京五輪の開催を本当に誇りに思っている。「中国が国際舞台に認められた!」という歴史的モーメントをとても大切にしている感じ)

…と案の定、強い口調で3人とも中国擁護。国際社会の常識とはまるっきり正反対の世論が、中国では一般的なようです。何よりこの「認識の差」に愕然とした。

少し前に「雪の下の炎」というチベット僧ドキュメンタリー抜粋上映会+講演会に行った。この映画は今年アメリカで初上映された作品で、NYに住む大学時代からの親友が3年がかりで制作したもので(ウェブサイトはこちら)、アメリカでは静かなブームを呼んでいるらしい。(アメリカのABCニュースに取り上げられた記事はこちら。)

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ドキュメンタリーの主人公は、パルデン・ギャツオというチベット僧。33年もの間、中国に捉えられ、ありとあらゆる拷問を受けてなお、非暴力を通してチベットの自由を訴えている。彼の証言は壮絶なもので、ドキュメンタリーは淡々と彼の力強い言葉をつなぎ合わせている。このドキュメンタリーを見たら、中国人の友達たちはどう思うのかしら?と思わずにはいられない。半生を地獄で生活したとは思えないほど、人なつっこく愛くるしい笑顔に感動する。

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ドキュメンタリーは中国側の意見なんて聞いてなくて、政治的というより、1人の男の半生を通じて「孤独に打ち勝ち、自分の信念を貫き通す精神の尊さ」を描き出す意図があるものだからそれで良いのだけれど、とにかくNYで1人で頑張って来た友人が粘り強く作品に仕上げたということを、ただただ誇りに思う。

あぁー思いつくまま書いていて、なんだか全然まとまりがなくなってしまったのだけれど、一番問題なのは、中国国内で情報が検閲されていること(wikipediaだって見れない、海外メディアの報道はシャットアウトといった現状)、中国内部でチベットに対して強行な姿勢が大半を占めていることだと思う。デモに参加するよりも、例えば中国で活動するメディア開放を目指す草の根的なNPOを支援するとか、そういう活動のほうが建設的なのかな、と思います。

色々な人にすすめられて読んだ、正木高志さんの「空飛ぶブッダ」に書いてあったこと。

地球はひとつになろうとしている。それが現代史の底流をなしているトレンドだ。局面的には国家主義や原理主義などスイングバックもあるけれど、物質文明から地球環境文明へシフトしてゆく大枠の歴史トレンドは変わらない。
江戸時代末期、日本は多くの国々に分かれていた。国にはそれぞれ国王がいて、国境を越えるにはパスポートが要った。それぞれの国は政治・経済・社会・文化のあらゆる方面に難題をかかえて苦慮していたが、解決の方途はまったく見えず、軍事的には、すべての国々が欧米による脅威にさらされていた。それが明治維新で「ひとつの日本」になったとき、鎖国時代の瑣末な問題は一気に解消し、欧米による植民地支配も免れたのだった。
今日の世界の状況もそれに良く似ているように思われる。
重大な課題は国家単位では対処しきれないことばかりだ。現代社会を死に至らしめる「戦争と環境問題」という病は、国際的な協力というより、人類が地球意識に立つのでなければ、解決のビジョンは見えてこない。言い方を変えるなら、市民の多数がナショナリズムから脱皮して地球市民意識にめざめたら、問題は解消するのだ。どういう経路をたどるにせよ、近い将来、世界はひとつになってゆく。だけどこの世界が、どうやって、現実に、ほんとうに、ひとつになれるというのか?

そんなふうに僕たちが疑うのは、江戸時代も同じだった。(中略)ところが現実は、維新から10年もたたないうちに、逆に99.9%の人々が日本人と信じて疑わなくなっている。このことからぼくは二つのことを学んだ。一つは「信じられないことが起きるかもしれない」ということ。もう一つは「信じられないことが起きる事を、人は信じることができない」という心の法則だ。これを学んだら、悲観しなくてよくなる。歴史には誰も予測できないようなことが起きる!

では「ひとつの地球」は、いつどんなふうにして、実現するだろう?
ぼくは、それがまさにいま、九条問題をきっかけに、この日本から生まれようとしているのだと思う。

ジョン・レノンの”imagine there’s no country” という歌のように、国という概念をなくして、1つの地球、1つの地球市民村をみんなが想像したら、どうだろう?チベット人もウィグル人も中国人もロシア人もグルジア人も違いを認め合いながら、お互いの領土や資源や財産を譲り合って、平和に暮らせたらどうだろう?8月15日、終戦記念日。お盆でイエローパパの実家に戻り、お墓参りをして、彼のおじいさんやお父さんがヒロシマで被爆したことを知った。そういう歴史を背負って、私たち世代が1つの大きな地球市民村を思い描いて行動していくーもうそういう時に来ていると改めて思った。(全然まとまりなくて、ごめんなさい。最後まで読んでくれてありがとう)

サステナビリティー, 気になるニュース | コメント (11)   

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