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4月 21, 2011

J-WAVE xChange@Farmer's Market 国連大学前

4月16日、17日。快晴。初夏のようないい天気。東京の重い空気を吹き飛ばし、未来の暮らしを楽しく体験しよう!ということで、開催しました、J-WAVE xChange@Farmer’s Market 国連大学前。




all photos by toru ikeda

おかげさまで、二日間にわたり大盛況。日曜日は入場制限まですることになり、お待ち頂いたみなさんには失礼してしまいました。いつもファーマーズ・マーケットの場作りをしているENWAMADEが、有機的な空間を作ってくれました。

みなさんお洋服選び、とっても楽しまれている様子。とにかく、集って、つながって。笑顔がいい。



装飾もオーガニック・エレガントのミックスで。 エチオピアン・ローズさん、エクリュの野田さん、アフロディーテの佐々井さん、しがさやかちゃん、ウインローダーが手がけるリサイクル家具Re-arise、田中千代ファッションカレッジのみなさま。ご協力ありがとうございます!




xChangeのメッセージも、しっかりと。去年、間伐材の皮むきから手作りした看板です。このメッセージを伝えて、じゃぁどうするか、自分たちで楽しみながらオルタナティブを作って行こう、ということからxChangeは始まったのでした。

Baby & Kids コーナーは思いのほか、服が集まらなかったなぁ。なんでだろう?これから、是非強化していきたいです。Re-ariseのリサイクル家具が、素敵でした。タイヤとシートベルトをリサイクルして、新たな命を吹き込まれた椅子。そして被災地コーナーというのも今回あって、みなさんに春夏やCDを持って来ていただきました。6月ごろに被災地にてJ-WAVE xChange開催する予定。またこれは追って、ご報告いたします。ひとまずしっかりとみなさんのこころ、お預かりしました。

エピソード・タグを書くコーナー。素敵な手作りタグも。これが本当にいいですね。

DJも豪華!J-WAVEからはDJ TAROさん&サッシャ。中継もやりました。THANK YOU! JAMIくんは、今回の総監督。DJでは、キヨシローのサマータイムブルーズかけてたよ!音楽でも伝わるね。でもCDは去年と同じく、あまり集まらなかったね。

0311を受けて、xChangeではこれから何をやっていったらいいか、コアスタッフでとことん話し合いました。そして「今、本気で東京は常識を疑い始めている。よりxChangeらしい活動を加速させよう」という気合いで一致しています。

だから、これからますますxChange。今こそ、これまでのライフスタイルを見直す時。節約とか自粛だけじゃなく、楽しくて地球共生型でオルタナティブな暮らしをみんなで作って行く時。そのきっかけ作りにxChangeがなれたら嬉しいし、これからも楽しい場が広がって行くために、スケールにこだわらず、心が通い合う活動をしようと思います。

スタッフのみなさん。ほんと楽しかったですね。ひなも、野田さんも、参加して下さったリスナーのみなさんもありがとう。

イベント,サステナビリティー | Comments (9)   

4月 8, 2011

鎌倉とどけ隊、宮城県行き報告(第一弾)

水曜日の夜から、宮城県で炊き出しをしてきました。たった2日間の滞在だったけど、鎌倉の仲間とともに濃厚な体験をしてきました。麻心のしんじと「行こう!」と決めたのが、6日ほど前。地元のつながりやツイッターの仲間たちに呼びかけると、2日×200食の炊き出し分に必要な食材や調理道具が、いっせいに集まりました。それをソンベ・カフェにて一日かけて仕込み。ココモの方たちは、トマトソースを提供してくれました。

伊豆のゆきちゃんや、臨月のゆりちゃんは、手作りクッキーを作って託してくれました。

車両許可証も無事とれ、居残り組に送り出されて、みんなの心とともにいざ出発!総勢20人の旅が始まったのでした。

半分以上は今回はじめて会うメンバー。車の中では原発のことや未来の暮らしのことなど、、、いろいろ話しながら、東北自動車道の菅生(すおう)パーキングエリアまで、田原ようちゃんのパワードライビング。(この人には、今回ほんとに運転おせわになりました)ここで石川県から来ていたまこと君と出会い、一緒に行くことに!旅は何が起こるのか、ほんと分かりません。道路やガソリン事情、2週間前に行った時よりも格段と良くなっていました。

朝ついて、まず向かったのは、石巻市の明友館。リーダーの千葉さんに、「北上町十三浜大指(おおざし)の生活改善センター」という場所を教えてもらいました。受け入れ先をしっかりしていないと、混乱のもとになってしまうので、炊き出しをする際には、必ず現地のコンタクト先、ボランティアセンターや役場などに確認していく必要があります。

石巻市内から大指(おおざし)への道。川沿い、そして海沿いをおよそ2時間。

目の前に広がる光景、、、それはそれは凄まじかったです。
家という家は全て根こそぎ倒され、家財道具はあとかたもなく、4階だての学校らしき建物も、上のほうまで崩れかけています。川には牛がういています。車がそこらじゅうに転がっています。道は至るところで分担され、自衛隊が応急処置した道を、車5台でゆっくり進んで、到着。

今回は、千葉のようじさんが、トラックで水も持参です。

到着した大指は、170人が暮らす小さな漁村。水や電気は復旧しておらず(電気は、夕方5:30〜8:30のみ、特設電源で供給)、完全復旧までは数ヶ月かかるとも言われています。早速、地域の拠点にて、パスタ、生サラダ、ご飯、スープなど豪華メニューの炊き出し開始。自衛隊や民間から物資は届くものの、あたたかい食べ物の炊き出しは大変ありがたい、とみなさん本当に喜んで下さった様子でしたよ。手作りクッキーもしっかり手渡ししました。

ご飯が住んだ後、地元の方が、この地域を案内して下さいました。30世帯のうち、12世帯が津波にやられて全壊。行方が分からなくなっているのが、お一人。そしてほぼ全世帯が生計をたてていた漁業(ほたて、わかめ、かきなど)が壊滅しました。「津波だけだったら、もう一回がんばっぺって思えるけど、原発の被害がなぁ、、、ほんと余計やわ」と話していらっしゃいました。

生活自体は、物資も届き、3日に一度はお風呂に行けるというレベルにまで回復していました。写真は、自衛隊がディーゼル電源を持ち込んでいる様子。自衛隊は大活躍ですね。ただやはり長期的に考えて、家、、、仕事、、、少し先のことを考えるとまだ何も決まっておらず、新しい生活に向かって歩み始められないのが現状のようです。

しびれKINGが歌ったら、女の子たちがもうそれはそれは笑顔!やっぱり歌はいいね。

鎌倉とどけ隊長のしんじと、ここ大指地区リーダーの阿部くん。こういう若いリーダーが、どこの地区でも指揮をとっています。頑張って欲しい!応援し続けたい!しんじは「またBBQやりに来るから」と約束していました。

続いて向かったのは、仙台市でミーティングしていた「仙台とどけ隊」の事務所。このチームは若手実業家が集まってできた災害復興支援団です。とどけ隊(救援配給チーム)、いやし隊(治療家チーム)、もてなし隊(炊き出し配給チーム)、あらい隊(風呂シャワー設置チーム)、しらべ隊(被災地情報収集チーム)、きれいにし隊(理美容チーム)、しわけ隊(支援物資管理チーム)、まとめ隊(事務局総務チーム)、ささえ隊(縁の下の力持ちチーム)と言ったチームに分かれて、それぞれの活動をしています。写真はリーダーの濱口りゅうへいさん。本業はプリン屋さんですが、震災後は地元のために何かしたいと、毎日走り回ってみんなをまとめています。


もてなし隊のリーダー、豊さんに、明日は「陸前高田のうたつ」という場所で炊き出しお願いします、と場所を教えて頂きました。

仙台とどけ隊が提供して下さった2Fの部屋に戻って、明日のために寝よう、さぁ、明日も頑張ろう!、、、と思った矢先、、、午後11時32分。地震です。これまで経験したことのないほどの強い激しい揺れ。さすがに本当に怖かった。建物が崩れてペチャンコになるんじゃないか、という恐怖でした。30秒ぐらいだったかな。私たちがいた仙台市の場所が一番揺れが激しい場所だったそうで、でも停電はしなかった。一階の倉庫に積まれていて物資は総崩れ。

というわけで、翌日は、予定を変更して、まずは物資が入った段ボールの整理で午前中を費やしました。

午後、予定を変更して向かったのは、仙台とどけ隊の多賀さんが紹介して下さった、名取市植松の館腰(たてこし)小学校。仙台空港のすぐ近くです。閖上(ゆりあげ)という壊滅した地域の方たちおよそ200人が避難していました。

大島料理隊長が早速、仕込みを開始。手際よく4、5品作っていきます。

今日は中華丼!

ここの避難所は街の中心部に近いこともあり、自衛隊が朝晩と炊き出ししてくれています。でもレトルトだったりミニマムの食事なので、「今日は豪華だわ!」「ありがとね」「ごちそうさま」と、たいそう喜んで下さいました。デザートのお汁粉も大人気!みなさん使っていらっしゃるお皿が、発泡スチロールだったのが痛々しかったです、、、

ご飯の最後のほうではなんと、歌のプレゼントをさせて頂きました!最初から最後まで手拍子頂いたりして、、、「一時でも、いろいろ忘られて良かった」と楽しんで頂けたようでした。閖上地区は、人口7000人のうち2000人が津波に持って行かれたと、、、歌を聴きながら、涙ぐむ姿も見られて、こちらももらい泣きしてしまいました。

まだまだ仮設住宅にいつ入れるかも分からない、、、という状況のみなさんに被災者鎌倉ホームステイの話もしたのだけれど、やはりこの場所を離れたくない、という思いが強いようです。

でも「いつでもまた帰って来てね」「本当に美味しいご飯をありがとう」と言っていただけて、こんなことしか出来ないけれど少しでもみなさんの健康と笑顔につながって本当に行って良かったと思い、最後はなんだか涙が止まらなくなって、鎌倉に帰ってきたのでした。被災者の方がた、強い。本当に強い。でも胸のうちに秘められた悲しみの塊は相当のものだと思う。そっとそれを支えてあげられることが出来るのであれば、と思い、遠くからでもいつも自分の精一杯をこれからも続けたいと思っています。

今回いろいろよかったこと:
▼できますゼッケン
阪神淡路大震災の時の教訓から生まれた「できますゼッケン」というアイデア。「紙だと雨に濡れちゃうから布で」と、晃平がカーテンをさいて作ってくれたゼッケンが役にたちました。今回は小さな炊き出し部隊で行ったけれど、もっと大きな部隊の場合は特におすすめでは。私は子ども達に「ここちゃん」と名前を覚えてもらったのが嬉しかったです。

▼歌や心やマッサージのお届け
美味しい栄養のあるご飯はもちろんのこと、歌を届けること、マッサージをしてあげること、ちょっとした話し相手になって差し上げること。こういった心身のケアや交流が、すごーく求められていると感じました。そういったことを押し付けがましくなく何気な〜く出来るメンバーがたくさんいた最強チームでした。

▼地震を経験したこと
0311以来の大余震。腰がぬけるかと思ったけれど、あれを体感したことで、どんなに自然災害が怖いか、少し理解できたと思います。人間にはなす術もない状況ってあるんですね。ただ立ち尽くししかない。人間の無力さを思い知りました。

そして今回、何よりも良かったことは、鎌倉の地元の仲間たちと協力してこのプロジェクトを始められたこと。現地に行ったメンバーと同じ光景を見て、地震を感じて、過酷な行程を1人残らず全力で成し遂げたこと。行く前に「災害ユートピア」という本をパラパラとめくっていたのでより強く感じたのかもしれないけれど、こういう有事には、今まであった秩序がことごとくこわれることで、逆に人間らしい「つながり」を求める本能や助け合いの精神がわき上がり、それは地獄の中の天国とも言われるほど、人間くさい社会、一種のユートピアが形成される。お金や秩序が元に戻って来た時に、それをどう継続していけるのかが、私たちのチャレンジです。最後は涙、握手、はぐのお別れでしたが、終わりがまた始まり、と思いました。

しんじ、大島さん、田原ようちゃん、山田のぶなり、こうへい、宮部くん、オペラ歌手けいご、天谷さん、しんじさん、ダルマ、つよし君、おさむ、大石さん、大内さん、ジャワ、ルイス、れいこちゃん、しびれ、たかし、石川のまことくん。誰がしきるでもなく、みんながその時々に臨機応変に精一杯行動し、結束力と信頼関係のある素晴らしいチームでした。ありがとう&これからもよろしく!

そして具材や準備品や仕込みのための時間やエネルギーをいろいろ提供して下さったみなさん。鎌倉市民フォーラム(上野さん、川瀬さん、阿部さん他みなさま)ぶんちゃん、あゆちゃん、たいきくん、野田さん、かなえちゃん、しびれ、宇治さん、長嶋さん、すずまゆ、ゆりちゃん、ぎぎまき、kicksひでさん、永久顕治さん、伊豆のゆきちゃん、ココモ、アジア商会、かままん、宮部くんのお父さん、ひな&Happy go luckyチーム、佐助ストアー、たかいく農園さん、グリーンTV水野さん、まきちゃん、野田さん、PIKALE、、まだまだ書ききれないのですが、みなさん。今回は本当にありがとうございました。一つの小さくて大きなチームとして、また鎌倉で、被災地で、未来につながる街作りをこれからもしていきましょう。

第二弾は来週火曜日夜に出発〜金曜日朝に戻り予定。ソンベ・カフェの宇治さんが隊長となります。ドライバーや人手(できれば男子)、まだまだ募集していますので、行きたい方は、直接こちらまで。0467-61-2055。引き続き具材の提供もよろしくお願いします!送り先は、〒248-0016
鎌倉市長谷2-8-11 麻心(まごころ)0467-25-1414です。

私は取り急ぎ任務終了で、ひとまず来週は阿蘇に向かいます。被災地に行かなくとも、中長期的な支援を考え、実行していきます。鎌倉とどけ隊第一弾任務終了ということで、お疲れさまでした&ありがとうございました!!!

いろんな旅,サステナビリティー,私の生活 | Comments (12)   

3月 26, 2011

被災地、仙台市石巻に行ってきました

3月11日から、それぞれの方が、それぞれの場所で、ドラマチックな旅を続けていることかと思います。私は数日間は、原発の恐怖で思考停止。家族とともに名古屋、そして大阪へと逃げました。5日目からは「自分や家族の先々もそうだが、被災地の今だ!」と思い、家族を疎開させたまま鎌倉/東京に戻って来て、とりつかれたように救援物資収集とお届けプロジェクトをやっています。

おかげさまでガンガン物資は集まっていて、連日、東村山の倉庫で50名ほどのボランティアさんが仕分け作業に励んでくれ、物流会社ウインローダーさんが毎日4トン/10トントラックで届けてくれているのですが、(プロジェクトはリアルタイムにこちらでチェック)昨日は、私も現地に動向してきました。もういろいろやることがありすぎてゆっくり書けないのですが、簡単なレポートはこちらに書いてみました。。。

とにかく悲惨な状況。地球上の地獄としか言いようがない、、、2週間たってもまだ復旧作業は追いつかず(なにしろ今回は、沿岸300キロが壊滅してしまいました、、、)、水や電気が復旧していない所もまだ多いです。命を取り留めた方も、ギリギリの所で生活されています。行った地区によっては、亡霊が漂っているような所もありました。

その中でもなんとかなんとか希望を持って町をもう一度復興しようと、不眠不休で頑張っている人たちがいます。人間の底力って本当にすごい!私たちが送っている物資は、そういう方たちとともに、必要な人たちの手にしっかりと渡っていました。本当に良かった!

でもまだまだ足りないもの、たくさんあります。特に、すぐ食べられる食料、味噌、塩、醤油、調理用品、新品の下着や靴下、ロウソク、乾電池、生理用ナプキンなど。是非みなさん引き続き、物資送り続けて下さい。注意事項を良く読んで。この未曾有の災害、なんとかみんなで乗り切って行かなければ。よろしくお願いします!


避難所となっている「明友館」の千葉リーダーと、糸数さん。この人たちには元気もらったわー。ほんま、すごい。「ばっちりやっていきますので!!!」俳優の伊勢谷友介さんも今回は協力なパートナー。思い一つにしてやってます。

どっと疲れた一日だったけど、帰りがけに、株式会社ファミリアの仙台市内事務所に立ち寄り、島田昌幸さんから、将来のエコビレッジ構想の話も共有してもらいました。まさに。エネルギー、暮らし方、住まい方、経済のあり方、教育、自治の仕方、人とのつながり方、、、、全部ぜんぶデザインし直して行く時。それを復興の地だからこそ、ここからやっていこう。時代はシフトしていきます。

ウインローダー石村さん、リバースプロジェクトの伊勢谷くんと亀石さん、J-WAVE久保野さん、ツイッターでつながった初対面の関根くん。今日見て感じたことをみんなでしっかりと乗り越えていくために、また新たなつながりとアツい思いを胸に、これからもやっていきましょう。そしてこれを読んで下さっている方も思い一つで。誰も欠けることなく、自然と調和した、原発を卒業した新たな世界を作って行くために、今日という日を精一杯生きましょう。

PEACEBOATも、石巻で活動しています。頑張っています。どうかみなさん、日常を取り戻して安心して暮らすのも大事だと思う。でも被災地に思いをしっかりむけて行きましょう。まだまだ困ってる人たちがたくさんいます。物資も必要、各種ボランティアも必要。情報もどんどんあります。今こそ、私たちの人間力が試されています。そして現場に行かなくても、今ココで新しい日常をみんなで作って行きましょう。

なんかアツくてまとまりなくてすみません!twitterで適宜つぶやいてますので、良かったら是非フォローを!私も、まだまだ旅はここから続いて行きます。被災地とつながりながら、家族つれて、次は高知です。

いろんな旅,サステナビリティー | Comments (5)   

3月 16, 2011

東北へLOVE!!! 救援物資をどんどん送ろう

被災地への救援物資情報をまとめてみました。
大変な状況だからこそ、今は前向きに、外向きにエネルギーを出し合って
とにかく今は東北へ一刻も早く支援物資を届けよう!
出来る事はまだまだたくさんあるし、他の人を思いやる気持ちを持つと、
自分も元気になれる。背中まるめてる時じゃないからね。
KEEP YOUR HEADS UP YO!!!!!

(どれも私が信頼できる、確実に届くだろうと判断した所を載せていますが
各自の判断で、どこが一番いいか選んで下さい。
そして注意事項をよくよんで慎重に!!!
一人一人の思いやりで確実に笑顔の輪が広がります!
特に、関西方面の方!!!!
誘い合って、みんなで一緒に送りましょう!)

☆MOTTAINAIキャンペーンと東京リサイクル運動市民の会
http://mottainai.info/new/2011/03/004877.php

☆トランジションタウン都留の加藤大吾さんからの情報
環境教育事務所Leaf http://4leaves.jp

☆個人からの受付をしている自治体 
▽缶詰やカップ麺など保存食▽水▽粉ミルク▽紙おむつ▽毛布など
▼福井県地域福祉課0776-20-0326
▼岡山県県民生活課086-226-7252
▼高知県災害対策本部支援チーム088-823-9018
▼徳島県南海地震防災課088-621-2297
▼佐賀県危機管理センター0952-25-7401
▼長野県災害対策支援本部026-235-7410

☆REBIRTH PROJECT お米を送ろう!
http://rebirth.heteml.jp/blog/?p=2489
もうすでにかなりの量が集まって来ています!
伊勢谷友介さん、本当にアツいアクション! 
ツイッターで @rebirth_projectもフォロー

☆ウインローダー、つなげるココロプロジェクト
カイロ、生理用品、防寒具(ダウンジャケット、石油ストーブ)、
携帯電話のポータブル充電器
※衣料品(防寒着を除く)は収集対象外。

〒189-0011 東京都東村山市恩多町1-13-2
株式会社ウインローダー/エコランド
「つなげる、ココロ」プロジェクト事務局あて  042-398-3520
(箱に梱包し、中身の内容を明記。他の荷物と混ざらないように、
「つなげる、こころプロジェクト」と明記下さい。)
3月19日から順次、届けていきます!

↑これに関しては、J-WAVEで明日からガンガン告知して一緒に集めていきます!
Rebirth projectも大絶賛参画中!
ウインローダー、高嶋社長はじめ、石村さんなどなど社員の方々、本当に心あつく思いひとつでやっています!是非、みなさんも心をつないでいきましょう!

どうぞよろしくお願い致します。

サステナビリティー | Comments (4)   

3月 3, 2011

上関原発とグローバリゼーションについて、思うこと

はぁー、オーストラリアから帰国してはや2週間ほど。娘とパパは居残り満喫組なので、こっちだって久々の独身生活を満喫するぞー!誰か誘って温泉でゆっくりするぞー!なんて思ってたのに…. オーストラリアの余韻にひたってブログを書く暇もなく、(元greenzのひろみちゃんが「虹の国ニンビン&パーマカルチャーコミュニティー ジャランバー」という素敵なレポートを書いてくれた!)なんか仕事ばかりしてたような。それはそれでとことん自由で、勝手気ままな充実した時間だったのだけどね。

それから、2月21日に山口県上関の生物豊かな海が、原発建設のために埋め立てられる….というニュースが飛び込んで来て、いてもたってもいられなくってしまった。鎌倉の女将、ふえりこさんの呼びかけで行なわれた、パタゴニア前の緊急アクションに参加したり、Ustreamやtwitterに夜な夜な張り付きになり、とにかく動いてみよう、いろんな情報の渦に巻き込まれてみようと思った。

私は専門家ではないので難しいことは分からないけれど、今の時点では、原子力発電には反対です。安全面ではかなりクエスチョンだし、核のゴミや核拡散の問題も大きいし、本当に二酸化炭素削減になるかも良く分からない。人類にとって脅威のエネルギーだ、と直感的に思ってしまう。「でも電気が必要じゃない?!」と言う意見も分かるのだけど、原子力発電政策が出来たのは、今から30年以上も前の話。もっと21世紀型テクノロジーってあるんじゃないの?と思えてならないのです。昔から計画されていたからって、いろんな問題山積みの原子力発電に走るのは安易だと思う。もっと電気を使わないライフスタイルにシフトしていくことも大切。

そんな思いで、とにかくどんどん綺麗な海を埋め立て始めちゃうのだけは、待ってよー。と、先週土曜日、パタゴニア前の緊急アクションに参加しました。道行く人に「生物多様性が豊かな場所が、埋め立てられています。まずはこのことに関心を持ってみませんか?原発に反対!という強い気持ちがある方は、署名(経済産業大臣宛)もお願いしています」と呼びかけた。ちゃんと自分が理解してること、してないことも分かったし、逆に教えられることもたくさんあった。人に伝えることで、理解できることって本当にたくさんある。考えてるだけじゃなくて、何でもいいから人と関わりながら行動すること、話すことって大事だと改めて思った。さすが鎌倉、そしてパタゴニアのお客さん、思った以上に多くの方が反応してくれたのも嬉しかった。

今回、パタゴニアは前日のお願いだったのに関わらず、場所やテントの提供など、数々のサポートをこころよくして下さった。「地球が健康じゃなかったら、ビジネスだってなりたたない」というポリシーの素晴らしい会社です。途中で、たまたまだけど松尾市長も来て下さって熱心に話を聞いてくれて、TVインタビューにも答えてくれた。「『ミツバチの羽音と地球の回転』の映画を拝見して、島民の方々の海や自然と共に暮らす姿に、大変感動いたしました。どうか、住民の方々の声に、耳を傾けていただきたいと思います。」じーんときました。鎌倉って、市民と企業と行政がものすごくいい関係で協同し合いながら、未来にむけての大切なアクションをしている場所。なかななかないですよ、こんなとこ!!!

すっかり正義感マンマン、意気揚々!、上関にも行って阻止活動に加わろうかしら!の私…. だったのですが、あるウェブサイトに出くわし、ガーーンとショックを受けてしまいました。それは、こちらhttp://kaminoseki.jp/。上関町まちづくり連絡協議会。上関に住む地元の原発賛成派の方たちのブログです。上関では町長も3期続けて賛成派、議員さんも2/3は賛成派なんだそうです。彼らは、原発が町にやってきたら、町が「豊かで幸せ」になると信じている。過疎化してしまった村をどうやってまた活性化させるか、原発を誘致した当時(1982年)は、他にアイデアがなかっことは攻められない気がする。そしてそのまま引き下がることも出来なくなり「もう早く、作ってよ!」っていう精神状態になってるのも、分かる。その気迫がkaminoseki.jpのブログから感じられて、いやぁーーこういう現実を抱えている方もたくさんいらっしゃるんだなぁー。彼らの生活を考えると、やみくもに反対!と私たちが言い放つのは無責任じゃないのか、としばし悩んでしまった。

聞くところによると、上関は日本でも5番目に急激に過疎化が進んだ所なんだと。安い商品が外から流れ込み、手仕事は全てお金に変わり、みんな仕事のために都会に出て働くことになり、持続可能な生活をしていた島には働き手がいなくなり、田畑の手入れもされず…. 世界中、どこだって全くおんなじ構図だ。地元の賛成派の方々は攻められない。原発に夢を見てしまうのは、良く分かる。

でも田中優さんいわく、原発を誘致して、今、活性化している街はないんだそうだ…それに、カズマンが言ってたように、原発が使い物にならなくなってしまのは、数十年後のこと。そのとき、きちんと廃炉にできるのか、田ノ浦の海洋生態系は元に戻るのか。そして、最大の懸案事項である放射性廃棄物の管理に責任を持てる者がいるのか。残念ながらそういう視座での意見は見られない。過疎化する村や職の問題。しかし、それへの解が原発誘致オンリー、というのはあまりに短絡的だと思ってしまう。他に解決法はないのか?

なんだかもやもやした気分のまま、モラトリアム・カミノセキという記者会見に行ってみた。原発反対!というのではなくて、ちょっと待って!という主旨だったのだけど、結構みなさんガンガンだった。で、最後に質問してみた。(ここで見れます。52分30秒ぐらいから。)「上関の賛成派の人たちの気持ちはどうなるの?他の解決法を提案する糸口はあるの?」そしたら、らんぼう君という現地に何度も通っている青年が「僕も複雑な思いです。本当は海岸で阻止活動するだけじゃなくて、賛成派の人たちとゆっくりじっくり話すことも必要だと思う。でもとにかく今は埋め立てられてしまっては未来がないから、緊急にアクションしている」というようなことを話してくれた。なんだかもやもやは溶けた。そうだよね。自分の立ち位置がはっきり分かった気がした。

先週、映画「幸せの経済学」を引っさげて来日されていたヘレナ・ノーバーグ・ホッジさんは、「グローバル経済からローカル経済へのシフト」を言い続けて30年の方。「今は一握りの企業が、国のバックアップを受けて、どんどん大きく国際的になって、私たちの生活とかけ離れた所で経済活動を行なっている。それに伴い、自然破壊や、貧富の差の拡大、それに使い捨ての雇用が大きな問題となっている。つまり経済のグローバリゼーション、ということがとても大変な問題を引き起こしてしまっている。じゃあどうしたらいいか。提案しているのが、ローカルな、地域に根ざした経済を作って行こう、ということ。そうすれば地元で雇用が生まれるし、環境問題も解決できる。これが『幸せの経済学』、つまりローカルなつながりこそ、幸せの経済」話がものすごく分かりやすく、あらためて今、鎌倉のかまわやトランジション・タウンでやっていることの意義を感じた。

まさに上関を今の現状に追い込んだのは、グローバリゼーションだと思う。だから、遠くで作られたエネルギーを使っている私たちの暮らしの問題。安い単一のものを遠くで作って上関に運んでしまっている、世界の問題。あとお金って何?幸せって何?豊かさって何?という問題。今回の問題のルートを辿ると、そこに行き着く気がする。緊急には、上関に原発建てないで!と言いたい。でも、じゃぁその先どうするの?というヴィジョンもしっかり持ちながら。鎌倉での生活は世界と直結しているから、ここでのローカルな暮らしを仲間たちとしっかり気づきながら。それはサティシュが教えてくれたことでもあったっけ。祝島では、100%自然エネルギープロジェクトも始まっています!TPPならぬ、TTP(ちゃんと、たべもの、プロジェクト)も始まっているよ。時間はかかるかもしれないけど、そういうことをそれぞれの地域でやっていくことが、原発をなくしていく一番の近道だと思います。

まだまだ書きたいこといっぱいだけど、今日はこの辺で。。。なんてたって、オーストラリア脳天気組が今日、帰って来るからね!

今回のことで本当にいろいろ勉強になっている。クリアになっている。みんなと話せてアクションできて良かった。ソーシャル・メディア・パワーよ、ありがとう。みなさん愛ある活動をどうもありがとう。上関の賛成派の方もご苦労様です。現地に行けたら、ゆっくりじっくり話を聞かせて下さい。

ヘレナさんのインタビューの続きは、J-WAVE LOHAS SUNDAY、今週日曜日午前8時すぎから!大切なメッセージをこめています。是非、聞いて下さい。

サステナビリティー | Comments (5)   

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